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フランス紀行

200X年この国の評判がよくなくて行く決心がつかずにおりました。
いわく、東洋人だとばかにしているとかコ-ヒーを注文したらコーラをだされたとか色々きいて個人主義、何か欧州中心主義のようで、いかに文化がすぐれていようとも、鼻持ちならぬと感じておりました。
しかし、かかあ殿下さまのモンサンミツシェルが見たいという鶴の一言で決定されてしまいました。
(パリ見物は1日だけとはかない抵抗はいたしましたが)


1日目

関西空港よりパリドゴール空港へ12時間。
やっぱりエールフランスは古い飛行機でビデオも日本語の放送は古い3本のみ、まあ食事とお酒はよかったけれど、後は得意技(すぐに寝る)。
朝方小腹がすいてうどんでスカイをもらう(JALとの共同運航だったビジネスはマイルが加算された7811マイル ラッキー)。
タクシーでホテルヒルトンパリ・ラディファンスヘ(パリ中心街のホテルが取れなかった)。ヒルトンホテルはUSA 系列なので少し安心(TVを見るとユーロのグラフが下降始めてもっと安心)


エールフランスの食事


ヒルトンの部屋


新凱旋門


ホテルヒルトン


パリビジネス地区


2日目

午前9時よりメトロ1日券を購入パリ観光に出かける。
朝だというのに、昨夜のゴミや、ワン公の落し物、立ションの後で凄く汚い。メトロを無賃乗車する黒人、駅や電車の中で楽器を演奏する人、物乞い、とても花の都とは思えない状況だ。
すべてを無視して、凱旋門・ああシャンゼリゼ(節をつけて)・コンコルド広場・ルーブル美術館(なんと無粋なオブジェがある)。
モナリザに微笑みかけ(写真・模写OK)、お昼は昭和天皇も来られた、有名店トールダルシャンで1072561番の認定付の鴨料理をいただき、ノートルダム大聖堂(ここには20年も物乞いしている勇名人もいる)に。
セーヌ河をクルーズしてエッフェル塔の写真を撮り、やっと目的の猫グッズ屋ラ・ギャラリー・デュ・シャをお土産持参(猫柄扇子)で訪問。次にハードロックカフェパリでTシャツを購入28000歩の強行軍でした。(ああしんど)


凱旋門(多くの都市にもある)


ルーブル美術館


エッフェル塔


モナリザの微笑み


レストラントールダルシャンのマスコット


ノートルダム寺院


3日目

今日はパリを離れ列車でロワール地方にまいりました(まだ昨日のメトロ1日券が使えた)。
ダビンチで有名なアンポワーズ城(ハリネズミの紋章)とブロワ城へ昼食に(1☆レストラン)。
オランジェにて昼食。ロワールワインはお口に合います、2本も購入(ほんとに馬鹿ですね、荷物になるのに)。
日曜日なのでお店はお休みタクシーもつかまりません。またまたお歩き。夜、再度エッフェル塔のライトアップを撮影に(ユニークな照明でした)。


猫のお店


アンポワーズ城


エッフェル塔(夜景200X年バァージョン)


ブロワ城


ランチ


デザート


4日目

万歩計(奥様が空港でフランス検査官の質問に日本語で「万歩計」と答え、思わず隣でずっこけた私)は3日間で60000歩を超え、いよいよサン・マロ(聖者セント・マロ)へ。
ここは海賊たちが作った城壁に囲まれた町干潮の差がとても大きい(モンサンミツシェルに近い町)。
ホテルはグランドホテル・デ・テルメ(カラカラテルメのテルメ(温泉))。
年寄り(自分たちも)が療養に来ていて、ガウン姿でスリッパ履いて朝食に来る。
本日の夕食はサン・マロの城内のレストランALA DUCHFSSE ANNなんか屋台のでっかいようなレストラン(一応1☆)で気楽な感じ、新鮮魚貝類が自慢とか(わたし海老・蟹アレルギー、魚貝嫌い)。
奥様はオマール海老ですと、デザートはこの地方の名物タルトタタン(シードルというりんごのお酒も名物)。超ベリーストロングめちゃめちゃ甘い。



グランドホテル・デ・テルメ




サン・マロ


1☆レストラン


5日目

昼間はあたたかいが、朝夕はよく冷えるその寒い朝。
夫婦は震えながら浜を散策。
海で泳ぐ1人のフランス人はパンツは穿かずにズボンを穿き靴下穿かずに靴を履き(やっぱりへんかな)。
路線バスに乗って1時間あまり、川に面した古い城壁に囲まれた町ディナンへ。
猫好きの主人が経営する骨董屋?で、イギリス製の猫購入。
こうした町に昔から芸術家が多く住み着き、創作活動をされている。
なかなかいい昼食にこの地方の名物ガレット(そば粉のクレープにハムや卵など色々な具をのせている)とシードル(りんご酒)を頂く。
ホテルに帰り、たまった疲れを取るため、テルメ(塩辛い温泉)に入りました。スタイルのよいビキニのマドマーゼルも居られ、目の保養も・・・・・。



ディナン



ガーレット


シードル


6日目

フランスの最果てと言われている、カンベールのケルト人(イギリスと関連ありらしい?)の土地は痩せていて、天候も不順とか。
路線バスにてフランスの美しい村のロクロナンへ。
石作りの簡素な村だが観光客もいて芸術家も多い猫柄のレースのカーテンや、猫の風見鳥(猫)もあったり、ガラス工房で変った色の猫画作られたりして、結構面白い。
バスは3時間先と聞きタクシーにてカンベールへ。
ここも城壁に囲まれた町(現在は大きな町で遺跡はわずか)。
少し小腹がすいたので、軽くと思ったが食事はPM7:30以降しか作らないと断られた。日本の便利さが、懐かしく(でも帰りたくはありません)思われた。




ロクロナン


猫の風見鶏


7日目

パンパカパーン(少し古いか)
いよいよ今旅のハイライト、モンサンミツシェルへ。
路線バスを乗り継いでまいりました。急に豪雨が降り始め、うまく写真が撮れないのではと心配しておると、ここは曇り勝ちでした。
テレビやポスターは何日も使って撮影していると聞きこれはやばいかな?と。かかあ殿下様が、また来ればとの一言(思わず2度目のずっこけ)。
ホテルは3☆ながら有名なメール・プラール(特製の大型オムレツ料理)。
急な階段狭い部屋ですが多くの著名人(日本の皇族も)が泊まっています。
幸い午前中の早い時間と雨のため、観光客が少なく教会まですぐに登れ(結構息をきらして)ました。
ちょうどミサの最中、テレビ局が撮影をしておりました。
今夜の夕食はもちろん特大オムレツ、卵を泡たてかき混ぜる音がバックミュージックのようでした。
 (引き潮時に着きましたが、夜は満ち潮。その速さ城門に打ち寄せる波の強さにはびっくりするほどでした)



ホテル


卵焼きの製作





8日目

朝の7時45分モンサンミツシェルに別れを告げタクシーにてレンヌへ。
TGVでパリに帰り、リヨン駅まで。またタクシー駅内のフランスレストラン(巨大なアールヌーボーのレストラン)で昼食後ディジョンの4☆ホテル「リィー・デュー・シャボー・ルージュ」。
なんとお風呂にお湯が出ない、セフティーボックスも電池切れ、フロントに言えど反応なし、前途不安・・・・・・。
市内観光の途中ノートルダム寺院の幸運のふくろうに触り、マスタード(ここの名物)屋に行き生マスタードを味見。あまりのおいしさに思わず200gも購入(またまたお馬鹿、コルク栓だけなのにどうするの)。
土産にカシス入りマスタードと、最高級のカシスを1本購入(どんどん重くなる荷物)。


リヨン駅内のレストラン




幸運のふくろう


ホテル


猫の屋根飾り


ノートルダム教会


9日目

幸運のふくろうの御利益か、やっとお湯が出て、お風呂に入れました。
今日はフランス第2の都会リヨンへ。
ここは食の都ポールボキュールを始め、数多くの3☆レストランがあり、日本人シェフも必ず訪れる街とか。
私はあえて2☆のLEONで昼食(橋本総理もきたらしい)。
広いお店なのに満員御礼、なかなかおいしいただ量が日本人(結構大食漢の私でも)には多すぎます。
テレビに日本放送は入りませんがCNNやフランス国有テレビ(何ゆうとんかわからん)でドル・ユーロがどんどん下がるグラフを見て奥様、買い物モードに。








デザート


10日目

神の雫ロマネ・コンチは味わったことも、飲まれた知人もおりませんが、この高価なワインが作られる、ブルゴーニュへ、ローカルバスで参りました。
ボーヌの町は日曜日と言うことで、ワイン屋さんしか開いていませんし、バスも大幅に間引きされていました。
ワイン市場と言う地下貯蔵庫で一人10?で15種類ほどテスティングさせてもらえました。
もちろん私は一生懸命飲み続けましたが、どれがいいか、値段以外わかりませんでした(酔ったのかな)。
ボーヌの施療院は現在の病院の元祖です、夕食はホテルのレストランでいただきました(なんと1☆でした)




施療院


黄金のブドウ畑


ワイン市場


11日目

列車を乗り継ぎアルマゾン川沿いの中世の最も美しい村(フランスには100以上あるらしい)フラヴィーニ-シュル・オズランに。映画チョコラのロケ地です。
ほんとに何にもない村した(アニス・ボン・ボンが有名)。実際この店しか開いて(電気がついてた)いなかった。
タクシーでスミュール・アン・オスワー村にまいります(何でこんな難しい名前ばかり)。
夕食はこの地方の名物、牛肉の赤ワイン煮込みをいただきました。コンビーフのような味でし、わりかしおいしい。


フラヴィーニー・シュル・オズラン村




スミュール・アン・オスワー村


牛肉の赤ワイン煮込み


12日目

午前8時に列車に乗ってストラスブール観光へ。
また雨がふりだし教会に雨宿り(失礼しました)。
多くの観光客が流れ込んだので、さしもの教会も満員御礼札止め、学生達が黄色い声で騒がしいので、外へガラス屋根のある観光船で運河をクルーズ。
ここでも中国語・韓国語のガイドはあるのに日本語のガイドはなく、国力低下は著しい(政治屋さんなんとかしてよ)。
この運河は水位調整の水門(パナマ方式)があり、私達夫婦も初めての体験。
夕食はアルザス地方(ドイツ黒い森の近く)の料理をいただきました。
(ドイツ風ソーセージ・チーズなしのピザのような物・鶏肉とジャガイモの煮込み)
今夜のホテルはコルマールの歴史的建造物のひとつメゾン・デ・テラス(壁に人の顔がいっぱい)。










13日目

コルマール駅から路線バス(1日2本朝と晩)にてアルザスワイン街道を1時間程度走り、終点にあるひなびた村のレストラン「ホーベンス・イル」(なんと150年暮らしている家族が経営するレストラン)。
30年間3☆を確保している、超有名店(皇太子殿下も来ている東京の1☆レストラン(世界のミシュランで獲得、先日発売のよいしょ本ではなく)平松シェフの修行した店)。
さすがにインテリア・環境・料理・接客すべてに最高決して豪華ではなく、落ち着くお店。不便な所なのに盛況なことも理解できる。
食後タクシーにて、リックビュー村へ(ドイツロマンチック街道のローテンブルグにそっくり)。
観光客もドイツ人。流れている音楽飛び交うドイツ語。アルザスワインの味もドイツの白ワインそっくり。なんとクリスマス用品専門店まで(ここほんとにフランス?)


テーブルより


インテリア


チーズ各種



リツクビュー村


アルザスワイン畑


14日目

ナンシーのエミール・ガレの美術館を見学したく往復5時間かけてまいりました。
しかし列車が遅れ、市内を走り回るだけほんまに走った)になってしまった。
ここはスタニスラス広場(世界遺産)バカラの工房もここ。
まあ年寄りにはきつい走りだ。
コルマールの観光地元の人は小ベニスと呼んでいる(ほんとのベニスにいったことないのだろう)ミクロベニスだ。
フランス最後の食事は小ベニスのだまし絵の1☆レストラン「JEAN-YVES SCHILLNGER」へ。
お箸を使った料理や綿菓子(バーバパパ)など楽しめた。


スタニラス広場




ホテル


ホテル中庭


コルマール


レストラン


15日目

コルマールよりタクシーでストラスブール空港へ。
飛行機でパリドゴール空港へ(出国検査がめちゃ込みであやうく)。
マダム・ムツシュ・ボンジュール・ボンソワールの世界といよいよお別れ、本当にセッシボンでした、メルシー。


これ一人分


お箸で


バァーバパパ


おとなりの国、韓国

200?年は最悪の年、入院・手術・愛猫の死、10回もの台風、ゲン直しに4回目の韓国にまいります。
魚料理・キムチが苦手な私ですが、次男はキムチ大好き人間なので、夫婦についてまいりました。

[釜山]
両側に魚屋のオンパレード。
あり過ぎるのでは韓国ではこれが普通。
ウェデングドレスのお店が連なっている地域、かばん屋が軒を連ねているところとか、不思議な光景。医者が並んでいる所はなかったけれど。
ホテルはロッテ釜山に宿泊、このホテルの韓国式サウナと高麗人参のお風呂はことのほかよく一晩中ほかほかで疲れがとれました。



市場のキムチ屋


[慶州]
仏宝寺を見学。近くのレストランで松茸の釜飯を食べる。
午後は慶州博物館・石窟亭を見学。ホテル現代に夕食は韓国舞踊を見ながら韓定食(ソウルロッテホテルのは高かった)をいただく。


安養門






[ソウル]
韓国に来るといつもロッテホテルに泊まります。
携帯電話もついていますし、隣がロッテ百貨店ですのでわかりやすいです。
ソウルに来ると夕食はやっぱり生カルビです。行きつけのノブチビにまいりました。




カウントダウンラスベガス(USA)

200?年12月末日過去2回訪れた、ラスベガスのカウントダウンを見に家族4人でまいりました。
日本では、年1回宝くじを買う程度で、パチンコすらしたことがないギャンブル音痴の私達ですが、ラスベガスに行ってしまうと、スロットルとかルーレット程度を少し楽しみます。
前回はスロットで20万円の大当たりを出したので、返金するつもりはまったくなく、参りました。
ホテルはいつもベラージオ(噴水ショーのある)に泊まれるのですが、今回は年末ということもあり予約が取れず、モンテカルロに泊まりました。


モンテカルロの玄関


ホテルの部屋


この時期はどのホテルもいっぱいで道路も人人であふれています、ふだんならゆっくりホテルめぐりができるのに。。。


ベネチアン


ベラージオ


ダウンタウンのほうがすいているかもと思いナイトツアーに参加しましたが、ここもいっぱい。


フリーモントエクスペリエンス


ダウンタウンのカジノ


ホテルリオ


マスカレードショーインザスカイ


ルクソール


ニューヨークニューヨーク


パリース


エクスカリバー


いよいよ今夜。
道路は車の通行が禁止され、ビール満載の簡易販売所がそこらじゅうに乱立、カウントダウングッズの出店も出て、テンションはあがりっぱなし、女同士の酔っ払いが喧嘩を始め、黒人が威嚇する、たちどころに騎馬警官が割り込み仲裁、警官隊がすばやく集まり、すぐに逮捕USA!!!USA!!!の大合唱。あっという間に花火は終わり、後は立ちしょんべんの匂いと、握手とハイタッチ。

オーストラリア

200?年12月末、寒い日本ではなく暖かいオーストラリアで家族全員でお正月を!とたいへん無理をしました。
夫婦では200?年にメルボルン、シドニーに行っておりますし、私はゴールドコースト・シドニーといっておりますので、今回はメルボルン・ダニーデン・シドニーと廻るつもりです。
目玉は、フィリップ島のペンギンとカンガルー島の自然です。


JAL


メルボルン駅

グレートオーシャンロードを走り十二使徒を見にいきました。




十二使徒



カンガルー島へは小さな飛行機が編隊を組んで飛びます。
操縦士は主翼から座席に乗り込み、よくゆれて怖いです。
島自体は島固有種の植物が多く、南極からの風が強いので奇岩ばかりです。
コアラがそこかしこにおりカンガルーも人を怖がりません。




アザラシも浜辺で寝ています、レンジャーといつしょに、近ずけます。








ウオンバット


タスマニアデビル

ニュージーランド

日本沈没があった場合、私が住みたい国の第一候補のニュージーランド。
この国には3回行きましたので、ここには総集編として載せました。
最初行った時は1NZドルは60円台なのに前回は88円程度に上がってており、がっかり。


[クライスチャーチ]
日本からはニュージーランド航空で参ります(JALは行っていません)。
ホテルはいつもクラウンプラザに泊まります。街の中心に近く、隣にカジノがありエイボン川の船着場にも歩いて行けますし、カウントダウンのパーティーでは、地元の紳士淑女も集まり、飲み放題食べ放題で大盛り上がりで楽しいです。
街自体は小さな田舎町で庭園の町といわれます。土曜日はPM5時日曜日はPM2時で店は閉まります。
ニュージーランド人の楽しみはトレッキングにヨットにガーデニングだそうです。


クラウンプラザホテル


大聖堂


[カイコウラ湾]
クライストチャーチからバス&汽車で行きます。
現地では英語でレクチャーしてくれますがぜんぜんわかりません。
アザラシか、オツトセイか良くわかりませんが、コロニーを作っていました。
ここでは船が50mまでマツコークジラに近ずき、潮吹きされると塩臭く感じます(アホー鳥もいました)。
この湾はたいへん深く、1度潜られると、1000mまで潜るので、つぎのクジラを探さなければなりません。


マツコークジラ


潮を吹いてます


コロニー


潜水開始


[マウントクック]
クライスチャーチよりバスにて広大なカンタベリー平原をひた走り、テカポ湖の善き羊飼いの教会(小さな石作りの教会)を超えて、マウントクツクヘ。
ここは南極より新幹線なみの強風が吹くところとか。
ザハミテージのレストランにて山を前に食事、その後氷河遊覧飛行機にてマウントクツクの氷河に着陸しました。


テカポ湖


氷河


マウントクック


この飛行機で氷河に着陸


[クィーズタウン]
ここではいつもアロータウンに近いミルブルックリゾートに泊まることにしています。
ここのスイートヴィラはすばらしい。
スカイゴンドラで山に登ったり、リワカティブ湖の蒸気船に乗ったり、お好みでバンジージャンプやジェットボートなどのアクティブティーが出来る。
オールドタウンやワイナリーツアーもお勧め。


ミルブルックリゾート


アロータウン


バンジージャンプ


クイーンズタウン


[ミルホードサウンド]
クイーズタウンから300キロ、飛行機でいけばすぐに着く。しかし小さい飛行機なので、ちょっとびびる。
氷河にけずられたフィヨルド。クルーズ船でボウエン滝やスターリング滝の水しぶきを浴びながらバツフェスタイルの食事を楽しめる。


ミルホードサウンド


飛行機の操縦席から


ボーエン滝


クルーズ船


[ダニーデン]
バスと列車でダニーデンへ。
ここにある観光客用のホテルは、たった1軒サザンクロスのみでした。日本人は来ないようです。
オタゴ半島ヘイエローペンギンノ繁殖地にまいりました。


ダニーデン駅


駅のステンドグラス


列車先頭


イエローペンギン


[オアマル]
辺境の町へはダニーデンから車で1時間あまり、途中モエラキの巨石を散策してブルーペンギンのコロニーのある(人家にすんでいる)街に入ります。
道路にはペンギン注意の標識、古い街は趣たっぷりで私は大好きです。


モエラキの巨石


ペンギン注意の標識


オアマルの街


教会


[ワイタンギ]
以前はB&Bしかなかったのに、新しくホテル コプソーンリゾート・ベイオフアイランドができておりました。
早朝8時からエコイルカツアーに参加、イルカたちと、触れあいができます。
ここはアクティビティーも充実でパラセイリングなどがたのしめます。


ホテル コプソーンリゾートベイオフアイランド


ベイオフアイランドの夕景



ボートによってくるイルカ


[オークランド]
いつも宿泊するのは、ヒルトンオークランドに決めています。
ここからはワイトモの土蛍のツアーに参加できます。
オークランドは首都ウェリントンより大きな都会で、雨降りでも傘をささない、変なニュージーランド人がいっぱいいる町です。


ホテルの部屋から見たオークランド市内


オークランドタワーからバンジージャンプをする人


ワイトモの土蛍


ワイトモ

中欧4カ国

1日目

成田空港からアムステルダムに飛行機をチェコ航空に乗り換えプラハにやっと到着。
ホテルは旧市街から20分ほど離れたヒルトン・プラハ。
朝早くに家を出て時差7時間と10何時間の飛行時間をへて、
もうふらふらやっと百塔の町につきました。



プラハ城と聖ヴィート教会



2日目

9 時集合にてプラハ城・旧市街の観光に。
現地ガイドの日本語はようわからんので、ただついていくだけ。
どこもここも観光客だらけでもうたいへん。
ライオンの庭というレストラン?で昼食。
チェコビールはまあまあだが食事はいまいち口にあいません。
コーヒー(エスプレッソしかない)をいただく。
6月なのに結構寒い、びっくりしました。 


巨大なバラ窓


チョット変ったミュシャのステンドガラス


貴重な本がいっぱい



3日目

クトナーホラ(世界遺産だそうです)を観光。
午後はオプションツアーには参加せず、夫婦二人で再度プラハ城へ。
今度はゆっくり、衛兵の交代や、黄金の小道(城壁下の怪しい、錬金術士たちが住んでいた長屋)やガレル橋の塔に登った(180段強の細い塔 体力に自信のないかたはやめたほうがよい)。
夕食はミュシャのレストランへイタリア料理を食べにまいりました。


旧市街の中心にある時計塔


カレル橋


カレル橋の塔の上より


プラハ城の夜景(カレル橋より撮影)


クトナーホラー



4日目

バスにてプラハを出発。
月曜ということで早速停滞の洗礼、おまけに朝から雨、中世の町チェスキー・クロムフにつくと天気が回復。
昼食は焚き火料理ミックスグリル(色んなお肉を大量)に降参いたしました。
オーストリアの美しい湖水地帯ザルツカンマーグート地方の町フシュルにて古城ホテルシュロス・フシュルに宿泊。
ここは今回最高の5つ☆ホテル、料理もなかなか、散歩でリスと出会ったり水鳥とあそべました。
スパもありオーストリアはチェコと違い家も庭も綺麗で豪華です。


チェスキー・クロムフ


フシュル湖


ホテル シュロスフシュル



5日目

ホテルをバスにて出発ザルツブルグヘ市内観光、サウンドオブミュージュックの世界。
そしてウィーンへ。
宿泊ホテルはヒルトンウイーン・プラザ。
夕食はレストラン ル・シエールでおフランス料理とシャンペンで・・・・・
(ここのお土産は岩塩とモーツアルトチョコ 岩塩の店は店自体岩塩とのこと)



サウンドオブ・ミュージュツクにてできました


モーツアルト誕生の家


岩塩のお店



6日目

ウイーン市内観光は期待はずれ、ツアーを離れ夫婦で映画「第3の男」の観覧車を地下鉄に乗って見学に。
ウイーンのシンボル シュテファン寺院の塔にも登りました(階段にてツアーは中を少しのぞくだけでした)。
夜はモーツアルトの夕べ(当時の衣装を着けた、オーケストラによる演奏会)。


王宮の庭


シュテファン寺院


大観覧車(オーソンウエールズが乗っていた)


モーツアルトの夕べ


ウイーン風カツレツ(シュニュツエル)


カフェインぺりアルにてインペリアルトルテを



7日目

ウイーンよりスロバキアの首都プラチスラバの観光へ。
都会から田舎へ行ったような雰囲気。
ヘレンドで工房見学とヘレンドの食器を使い豪華な食器の昼食。
ハンガリーへホテルはコルビヌス・ケンビスキー(ここは街の中心にあり買い物・観光にとても便利)
ここでもツアー不参加。二人で夕食ナイトクルーズに。
(このクルーズ世界各国の言葉で案内もちろん日本語もシャンペン付一時間コース)


プラスラバ城


爪楊枝が入っていました


食器と料理



ヘレンドのギャラリー


作業工程



8日目

ブタペストの市内観光は王宮や漁夫の砦、英雄広場。
そしておなじみの教会。
面白かったのは、市場。白人参など珍しい野菜もあり、名産のフォワグラ・パプリカなどお土産に購入。
夫婦でタクシーで遠方のスーパーはこれも名産の羽毛の布団を買いに出かけました、帰り地元通貨が不足して、地下鉄にてホテルに帰りました(ここのエスカレーターむちゃくちゃ高速危なくこけそうに)。
ペスト地区の修復されていないビルにはいまだに弾痕跡(ドイツ&ソ連)が数多くのこっておりました。
(ここのスープに生パプリカをいれていただくのは美味)



漁夫の砦(トルコ軍と戦った)


漁夫の砦から見たペスト地区






9日目
10日目

本日帰国のため11時15分集合。
ともかく時間を惜しんで二人で鎖橋へ何と土曜日歩行者天国で出店がいっぱい。
ラッキー最後はデフレー観光(エリザベートの宮殿)。
結婚式の写真撮影がたくさん綺麗な花嫁を見れてなんか得したみたい。
でもハンガリー・チェコ・スロバキアはEUに入りかけなので全部通貨が違いオーストリアはユーロ、ハンガリーはフォリント、チェコはコルナ、スロバキアはスロバキアコルナ。
ハンガリー航空でミラノへそして成田に。
(ハンガリーの人はなんか素朴で勧め上手、誰もが親切英語は通じないが、なんかすきだなぁ)


鎖橋夜景


王宮夜景


歩行者天国の鎖橋


レストラン グンデル(看板はポアロ氏ではありません)


ハンガリー名物フォワグラ


このスープ美味(生パプリカを入れるともつと)


ゲデレー宮殿裏側


結婚式に遭遇

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